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人はひとりでは死ねない


4年前、奥様を亡くされ、1人暮らしのある檀家さんからTELを頂戴しました。








自宅にて奥様の命日のお参りの依頼でした。
お伺いしお経が終わると、その方は、静かに話し始めました。

「お寺さん、話がある!もう、私は永くない!もしものことがあったら、葬式はしないでくれ!その後の法事等の供養も親族にしないように頼んでくれ!」と言われました。

こう言った事を坊さんに頼むか!?と思いましたが、諭すように・・

みなさんは「迷惑をかけたくない。お骨はそこらに蒔いて!」と言われますが、亡くなる時は、絶対1人では逝けないのですよ。散骨するにしてもそれなりの費用がかかります。どんな方法でお弔い・埋葬でも誰かの手をわずわらせることになるんですよ!」
しかも、残された方は、「手を合わせて(あなたを)おくりたい」と願う人がいると思います。
ですから、そんな事を言わずに、頼れる方に「頼むよ!」と任せれば言えばイイんです!」

とお話しをして、寺に帰りました。

寺に帰り、果たしてこれで良かったのだろうか?と自問自答しておりました。
もしかして、(この方は)私に「頼むよ!」と言っておられたのではないか!

数日が過ぎ、その方の訃報が届きました。
この方は、親戚関係も良好で、遠方より兄弟の方々もすぐさま駆けつけて来られました。
私も、急ぎ枕経にお伺いして、親戚の方々とお弔いのご相談しました。

ご本人は、「何もするな!」と言っておられましたが、やはり、ご親戚の方々は「お弔いしたい」と
思っておられるようでした。当然と言えば当然です。

そこで、ご本人のご意志も尊重しつつ、ご自宅にて御家族のみの葬儀を行うことにしました。

しかし、問題が・・
この方は、生前中、地域にも積極的に参加されておられ、たくさんの方から慕われておられた方でした。

周囲の方々からも
「私たちもおまいりしたい!なんで、家族だけで葬儀をするのか!」とご遺族に談判される方もおられたようです。

そこで、地域代表の方数名にも、ご遺族と一緒にお弔いにおまいりいただきました。

以前、昭和の時代 3世代同居が当たり前の時代では、
ドリフのコントではないですが、
おばあちゃん「いつもすまないねぇ」
嫁 「おばあちゃん、それは言わない約束よ!」
といいつつ、気を遣うこともあったでしょうが、おくられる方にとって安心して逝く事ができました。

しかし、これからの時代は、上記のこの方のように「おくられる方」が最後まで一様に気を遣わなければ
ならない世の中になりそうです。

この混沌とした時代で、僧侶の役目も単に「お経をあげるだけ」ではなく、もっと幅広く「おくられる方・おくる方」に寄り添う事が必要になるでしょう!

ここに寄り添う事が出来るかどうか!?で、僧侶が世の中で必要とされるかどうかが決まりそうですね。

今回、頼られた割には、期待に応えられたか?甚だ疑問でしたが、お弔いが無事終わり、車で帰ろうとすると・・・


きれいな虹!

亡くなられたKさんの笑顔がおもいだされました




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